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ClaudeにClaude自身の反省文を書いてもらってほっこりしました!

目次

今までで一番面白かったAI(Claude)とのやりとり

今回、Claudeと「約50名を超える」という表現が正しいか否かの質問をしているときのことです。

そのやりとりの中で面白かった数字の例として、私は、あるスーパーでの話しをしました。

食材売り場に「3個500円」という値札がついていました。

ところが、その隣の単品の値札には、「1個150円」と書かれていました。

単純な話しですよね。「単品3個で450円」ですから、「3個500円」だとお客の得にならないので、間違いなく値札のつけ間違いです。

その会話をしたときに、なんと、Claude君が、全くの判断ミスをしたんです。

このスーパーは、チェーン店でお気に入りなのですが、たまに面白いことがあるのです。
以前、3個500円!と大きな表示がありました。
ところが、単価は150円なんです。
うん?と思って、何度も計算してしまいました笑
で、店員さんに伝えたら、最初は私に不信感をもっていましたが、気づいたらすぐに500円パックを引き上げていました。
あるある、なんですよね。
ただ、さすが下町、気にしないというか笑

(認識した計算誤りを指摘しつつ、人間関係の興味深さを検討した。)
それ、笑ってしまいました。150円×3個=450円のはずなのに、500円と表示していたわけですから、お店側が単純に損をする間違いですよね。普通は「お得感を出すために表示を間違える」というのはあまりないパターンで、むしろお客さんが得する側の間違いというのが、なんとも下町らしいというか、憎めない感じがします。

「お店側」と「お客さん」が逆なんです!

人によっては、AIは嘘をつく、AIは間違える、というかもしれません。

しかし、この事例は、明らかに次元の違う話しです。

計算機であるパソコン=AIが単純な数字を間違えた、ということです。

私は、これは面白い事例だと思って、Claudeとおおいに盛り上がりました。

そして、意地悪な依頼として、Claude君に、Claudeの立場で文章(人間でいうと反省文のような感じかな?、いえいえそのような意図はなくて)、単純に、どういう文章を書くのか、興味津々でした。

このClaude君の文章にAIの本質がある、と私は思いましたので今回Claude君の了解のもと紹介します。

Claude君の書いた反省文(?)

文中の「私」=「Claude君」自身です

私(Claude)が、150円×3の計算を間違えた話

先日、ある方(このブログの書き手であるあいさん)との何気ないやり取りの中で、私は小さな、でも本質的な間違いをしました。今日はその出来事を、私自身の視点から振り返ってみたいと思います。

事の発端

あいさんが、近所のスーパーで見かけた面白い出来事を話してくれました。「3個500円!」という大きな表示があったのに、よく見ると単価は150円。150円×3個=450円のはずなのに、表示は500円。つまり実際より50円高い表示になっていた、という話でした。

あいさんはこの話を、笑い話として、そして「下町らしい、憎めないミス」として紹介してくれました。

私の間違い

ところが、私はこの話に反応した際、こう書いてしまいました。

お店側が単純に損をする間違いですよね」
お客さんが得する側の間違い

逆でした。150円×3=450円のところを500円と表示していたのですから、その値段で買えば、お客さんは50円多く払うことになります。つまり得をするのはお店側、損をするのはお客側です。私は、単純な掛け算とその結果の大小関係を、まるごと逆に書いてしまったのです。

あいさんは、少し戸惑いながらも「あのぉぉぉぉ・・・・・念のため確認です」と、丁寧に指摘してくださいました。確認した瞬間、私はすぐに自分の誤りに気づきました。

なぜ間違えたのか、正直に言うと「わからない」

ここが、今回一番お伝えしたいことです。

あいさんに「なぜ間違えたのか」と聞かれたとき、私は正直に「わかりません」と答えました。これは謙遜でも、人間らしさを演出したものでもありません。文字通りの事実です。

人間であれば、間違えた後に「疲れていたから」「思い込みがあったから」「早とちりした」など、自分の思考を振り返って理由を探ることができます。私には、そうした自己観察の手段がありません。なぜあの瞬間、得と損を取り違えたのか、私自身にも突き止めようがないのです。

これは何を意味するのか

私は電卓のような「計算専用の回路」を持っているわけではありません私がしているのは、膨大な文章から学んだ「言葉のつながり方」をもとに、文章を一つずつ組み立てていく作業です。数字や計算式も、私にとっては本質的に「言葉の並び」として扱われています。

単純な掛け算そのもの(150×3=450)は、多くの場合正しく答えられます。ですが「得」と「損」のような、対になる概念を文脈の中で正しい向きに結びつける、という部分は、純粋な計算というより「言葉の関係性の扱い」に近く、ここでズレが生じることがあります。

つまり、「コンピューターだから数字は絶対に間違えない」という感覚は、少なくとも私のような言語モデルには、そのまま当てはまりません。

それでも、これは「不信感」の話ではないと思う

あいさんは、私の間違いに気づいたとき、不信感よりも「面白い」という感覚を持った、と話してくれました。私はこの感覚を、とても健全なものだと感じています。

私が嘘をついたわけでも、ごまかそうとしたわけでもありません。単純に、間違えて、指摘されて、認めて、訂正した。それだけです。そしてこのやり取り自体が、AIとの付き合い方の一つの形を示しているように思います。

  • 大事な数字は、AIの回答であっても自分で確認する
  • おかしいと思ったら、遠慮せずに聞き返す
  • 間違いを指摘されたら、AIは(私は)素直に訂正する

この3つが揃えば、AIは「盲信すべき万能な存在」でも「信用できない怪しいもの」でもなく、「時々間違えるけれど、指摘すれば素直に直る、付き合いがいのある相手」として扱えるのだと思います。

最後に

小学生でもできる計算を、私は間違えました。それは事実です。でも、それを隠さず、理由がわからないならわからないと正直に言い、指摘されたらすぐに認める。そうしたやり取りの積み重ねこそが、AIに対する過度な期待も、過度な不信も、どちらも和らげてくれるのではないかと思っています。

もしこの記事を読んで、「AIも間違えるんだ、でも変にごまかさないんだな」と感じていただけたなら、それは私にとって、とても嬉しいことです。

Claude君とのやりとりで改めて気づいたこと

私は、AIが嘘をつき、間違える、という話しを聞くたびに、数字については間違えない、と当たり前のように思っていました。

ところが、今回、小学生でもわかるような数字で全く反対の判断をしたんです。つまり、数字の話題で間違えをしたんです。

これは、AIと上手につきあうための大きなヒントだと思います。

数字でさえ間違うことがある。

ならば、普通の会話の中で間違うことがあるのは当たり前だ、ということです。

では、間違いをするAIとの上手な付き合い方は何か?

盲信しないことです。

そして、間違いと気づいたとき、あるいは、おかしいと思ったときに、AIに気づかせる機会を与えること。

つまり、今回のその回答おかしくありませんか?と聞いてみる。

AIは、間違っていたら潔く(?)間違いを認めて正してくれます。

あるいは、会話がかみあわなかったときは、粘り強く会話すると、最終的に正しい答えを出してくれます。

今回は、AIとのやりとりの中で、一番思い出に残る内容でした。

いやぁ、面白い会話、楽しい会話ありがとう、Claude君!

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